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札幌高等裁判所函館支部 昭和32年(ラ)19号 決定

抗告人 函館製網船具株式会社

相手方 菊地公平

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の要旨は、手形債務の不履行による遅延利息は、純然たる損害賠償債務であつて、手形法所定の利息のように手形行為に基因するものではないから、その義務履行地は、手形の支払地ではなく持参債務として手形債権者の住所地である。したがつて、本件の管轄裁判所は抗告人の住所地たる函館地方裁判所である、されば原審が本件手形の遅延利息の義務履行地もまたその支払地である余市郡余市であるとして本件を札幌地方裁判所小樽支部に移送する旨決当したのは失当であるというにある。

思うに、遅延利息の本質は、利息すなわち元本の使用の対価(法定果実説)であるか、又はその元本を使用し得なかつた損害の賠償(損害賠償説)であるかは従来から学説上争いのあるところであるが、すくなくとも民法第四一九条および利息制限法の沿革的解釈からみるときは、遅延利息もまた利息の一種と観念されていたことは疑いがない。けだし、同法は、金銭を目的とする債務の不履行については、その損害賠償額を、利率によつて計算するものとし、かつ証明を要しないでこれを請求することを得せしめ、しかもその賠償額には、つねに一定の制限を加えている等利息と同様の規整の仕方をしているからである。されば遅延利息は、かりに損害賠償の性質を有するとしても、それは利息の定型に転置された請求権(請求権の代替すなわち実際上の便宜として一つの請求権を他の請求権に代用する。)と解する外はない。そうとすれば遅延利息については特別の規定又は意思表示のないかぎり利息の規定が第一位に適用又は準用されるものと解するを相当とする。したがつて、かりに手形債務者が手形金の支払を遅延したとしても、該手形は、依然として流通性をうしなわず、なお裏書によつてのみその権利を譲渡し得る(満期後裏書)ことおよび本来証券債権が取立債務とされた所以は、これらの証券債権は、証券とともに輾転するため、債権者の営業所又は住所を債務者においてこれを知り得ないことを通常とすることにあることを併せ考えれば、手形債務不履行による遅延利息もなお手形法第五条又は同法第四八条所定の利息と同様手形とともに裏書によつてのみこれを譲渡し得るものと解するを相当とする。当裁判所のその余の判断は原決定が理由の部で判断したところと同一である。原決定が、本件手形金債務不履行による遅延利息の弁済の履行地を本件手形の支払地と同一であると解して本件をその管轄裁判所である札幌地方裁判所小樽支部に移送する旨決定したのは相当であつて、(昭和三一年四月二七日当裁判所が昭和三〇年(う)第四〇号について示した見解はここにこれを改める。)本件抗告は理由がない。

よつて、民事訴訟法第四一四条、第三八四条によつて、主文のとおり決定した。

(裁判官 居森義知 水野正男 磯江秋仲)

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